首相のSNS投稿を公文書として扱う法律が、日本にはない
首相のX投稿は行政文書ではない。内閣広報官のX投稿は公文書である。官房長官はそう説明した。扱いを分けたのは投稿の内容ではなく、アカウントが誰の名義かだった。
首相と内閣広報官で分かれたX投稿の扱い
2026年7月23日の記者会見で、木原稔官房長官は、高市早苗首相のXへの投稿について、公文書管理法上の行政文書に当たらないとの認識を示した。個人のアカウントによる投稿であり、内閣官房が運用しているわけではないので行政文書ではない、という理由である。
高市首相は、国民の情報収集手段としての重要性が高まっているとしてXを多用している。7月20日には就任以来0時間から3時間の睡眠が常態化していると投稿し、波紋を広げた。この投稿が適切かどうかを問われると、木原官房長官は「政府としてコメントすることは差し控える」と述べ、評価には踏み込まなかった。
その翌日は、内閣広報官のX投稿が同じ論点で問われた。木原官房長官は7月24日の会見で、内閣官房の職員である佐伯耕三内閣広報官が運用するものは公文書だ、との認識を示した。
このアカウントは@PressSec_JPといい、内閣広報室が2026年5月1日に試行運用を開始し、6月に内閣広報官アカウントへ名称を変更したものである。プロフィールには、「内閣広報官が投稿する公式アカウントです」と記されている。
首相の投稿については「行政文書」、内閣広報官の投稿については「公文書」と、異なる語が使われている。公文書管理法上、公文書等とは行政文書、法人文書、特定歴史公文書等の三つをあわせた呼び方である。法人文書は独立行政法人等のもの、特定歴史公文書等は国立公文書館等へ移管されたものを指すので、内閣官房の職員による投稿に当てはまるのは行政文書だけである。この記事で扱う範囲では、公文書と行政文書は同じものを指している。
首相のアカウントと内閣広報官のアカウントで扱いが分かれたのは、投稿の内容ではなく、アカウントが誰の名義かによる。「内閣広報官」を名乗るアカウントは内閣官房の職員のものだから、その投稿は公文書になる。「高市早苗」を名乗るアカウントは首相個人のものだから、その投稿は行政文書ではない。
首相の投稿も内閣広報官の投稿も、首相の動静や政権の方針を伝えるものである。それでも一方は公文書になり、他方はならない。この違いはどこから来るのか。
首相の投稿は公文書管理法の対象外
公文書管理法第1条は、公文書等を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけ、国の諸活動を「現在及び将来の国民に説明する責務」が全うされるようにすることを目的に掲げている。
ただし、この法律が対象とする文書の範囲は、その目的ほど広くない。第2条第4項は、「行政文書」を次のように定義している。「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書」であって、「当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」だ。
ここでいう文書には、図画と電磁的記録が含まれる。電磁的記録は、「電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録」と定義されている。デジタルの記録を法が捕捉できていないわけではない。
この定義で注目すべきなのは、行政文書を作る主体を職員に限っている点である。条文を読むと、主語は一貫して職員であり、組織である。職員が作成し、職員が組織的に用い、行政機関が保有している。これは組織が業務の中で生み出し、組織の中で共有する記録を想定した規定である。
木原官房長官の二つの答弁は、この職員という要件に沿っている。内閣広報官は内閣官房の職員であり、条文の主語に当てはまる。内閣総理大臣は内閣官房の職員ではない。
首相の投稿は、この法律が扱う対象に入らない。行政文書ではないという説明はそのことを述べているが、では何に当たるのかは、法律のどこにも書かれていない。
公文書管理法が想定しているのは、組織が作り、組織で使う記録である。首相が自分で書いて自分で発信するものは、この想定の外側にある。投稿の内容が公的なものであっても、その点は考慮されない。
内閣広報官のX投稿はガイドラインが想定していた
首相のSNS投稿が公文書管理法の対象から外れる一方、内閣広報官のような職員の投稿については、政府があらかじめ扱いを定めていた。
行政文書の管理に関するガイドラインは内閣総理大臣決定として定められており、そこには「職員が電子メールやSNSで発信等した文書についても行政文書に当たる可能性があり、該当する場合には行政文書として適切に管理する必要がある」と記されている。内閣広報官の投稿を公文書とした説明は、この記述に沿っている。
ただし、この記述は職員を対象としたものである。首相本人の投稿には当てはまらない。法律にもガイドラインにも、首相のSNS投稿を扱う規定はない。
アメリカと韓国には大統領の言葉を公文書とする法律がある
では、行政府の長の発信を制度として扱っている国はあるのか。例えばアメリカと韓国には、大統領自身が発する言葉を公文書として扱う法律がある。
アメリカでその役割を担うのが、1978年に制定された大統領記録法(Presidential Records Act)である。この法律は、大統領が職務のなかで作成し、または受け取った文書や電子データを、大統領個人のものではなく国のものと定めている。
対象になるかどうかは、アカウントの名義ではなく、職務に関連するかどうかで決まる。アメリカ国立公文書館は2017年、大統領が職務の遂行のなかで投稿したツイートは、後に削除されたものも含めて大統領記録として保存すべきだとホワイトハウスに助言した。個人名義の@realDonaldTrumpも、政府用の@POTUSも、ともに大統領記録法の対象とされている。
韓国にも、大統領記録物管理法という法律がある。2007年に制定され、大統領が職務のなかで作成し、または受け取った記録を国のものと定めている。行政機関一般の記録を扱う公共記録物管理法とは別に置かれた法律である。
ただし、SNSの扱いは条文に明記されていない。それを明示する改正案が2026年2月に提出された。大統領のSNS投稿を大統領記録物に含め、個人名義のアカウントであっても職務に関連するものは対象とする、という内容である。改正案は委員会に付託されたまま、まだ成立していない。
アメリカも韓国も、行政機関の記録を扱う法律とは別に、大統領のための法律を持っている。日本にあるのは公文書管理法だけで、首相のための法律はない。
内閣広報官のアカウントは公文書のルールと整合しているのか
内閣広報官のアカウントを公文書だとするなら、その投稿には公文書管理法のルールが適用されることになる。
公文書管理法第7条は、行政文書ファイル等の分類や名称、保存期間、保存期間が満了したときの措置などを行政文書ファイル管理簿に記載し、公表することを求めている。同第8条第2項は「保存期間が満了した行政文書ファイル等を廃棄しようとするときは、あらかじめ、内閣総理大臣に協議し、その同意を得なければならない」と定めている。同意が得られなければ、新たな保存期間を設定しなければならない。行政機関の判断だけで消すことはできない、という仕組みである。
内閣官房が公表した運用ポリシーは、@PressSec_JPについて「内閣官房内閣広報室において運用し、内閣広報官による試行的な投稿を行います」と定めている。同時に「本アカウントは、予告のない運用中止、投稿の削除、アカウント自体の削除を行う場合があります」とも定めている。投稿が公文書であるなら、削除には公文書管理法のルールが適用されるはずである。運用ポリシーの定めは、その仕組みと整合していないように見える。
首相のSNS投稿については、公文書かどうかを決める枠組みそのものがない。内閣広報官の投稿については、公文書だという説明はあったが、実際に保存されているのかどうかがわからない。制度が追いつかないまま、投稿だけが積み重なっていく。
