強いストレスは記憶の「統合」を妨げ、「覚える」ことには影響しない
記憶には「覚える」以外に、経験を結びつけ推論を可能にする「統合」がある。ストレス下ではこの統合が損なわれることが、研究で明らかになった。
「覚える」と「つなぐ」は別の機能
ハンブルク大学のラース・シュヴァーベ(Lars Schwabe)らの研究グループが2026年5月にScience Advances で発表した研究は、ストレスが記憶に与える影響をこれまでとは異なる角度から捉えている。
従来の研究は、ストレスが「記憶の定着を強める」または「思い出すことを妨げる」という方向に焦点を当ててきた。しかし今回の対象はそのどちらでもない。ストレスが「別々に学んだ記憶をつなぎ合わせ、そこから新しい結論を導く」能力に影響を与えるかどうかを調べている。この能力を、研究者は「記憶統合(memory integration)」と呼ぶ。
記憶をつなぐ力をどう測ったか
実験には成人121名が参加した。1日目には、全員が24通りの「AとBの組み合わせ」(動物の写真と顔写真のペアなど)を記憶した。翌日、参加者はストレスを与えるグループとそうでないグループに分けられ、それぞれの条件下で「BとCの組み合わせ」を学んだ。ストレスグループには模擬就職面接が課された。面接官の前でスピーチと暗算を行うというものだ。もう一方のグループは、好きなテーマで自由に話し、簡単な計算をするだけのストレスのない時間を過ごした。その後、全員が専用のスキャナーで脳の活動を記録しながら「BとCの組み合わせ」を学び、直接は学んでいない「AとCの関係」を推論できるかを評価した。
結果は明確だった。A-BもB-Cも、両グループの学習成績に差はなかった。つまりストレスは「覚えること」自体には影響しない。しかしAとCをつなぐ推論の精度だけが、ストレスを経験したグループで大きく低下していた。
ストレスが記憶の統合を妨げるメカニズム
では推論力の低下はなぜ起きるのか。鍵を握るのは、過去の記憶が新たな学習の瞬間に自然に呼び起こされる「再活性化」というプロセスだ。
通常、BとCの新しい組み合わせを学ぶ瞬間、脳はBと一緒に覚えたAの記憶を呼び起こし、A・B・Cを一つのネットワークとして編み上げる。海馬がこの橋渡しを担っている。脳活動の分析によると、ストレスを受けたグループではB-Cを学習中に海馬でAに関連する活動パターンの再活性化が大きく低下しており、この低下が推論精度の低下と直接相関していた。
加えて研究チームは、ストレスを受けたグループでは学習後に関連するAとCの脳内での処理が「統合」の方向ではなく「分化」、つまり互いにより異なるものとして処理される方向に変化していることも見いだした。海馬が本来つながるべき記憶を「別々のもの」として扱ってしまっていたのだ。二つは別々のメカニズムによるものとみられ、ストレスが記憶統合を妨げる経路は複数ある可能性がある。
記憶は「つながる」ことで機能する
この研究は「ストレスと記憶」の関係を、これまでとは異なる角度から捉えている。
個々の記憶がどれだけ正確に蓄積されていても、それらが結びつかなければ「知識」として機能しない。今回の実験は、ストレスが「点としての記憶」ではなく「記憶間のつながり」を損なうことを神経レベルで示した。
著者らは、強いストレスを伴う事件を目撃した直後の証言の不確かさや、トラウマ体験後に生じるPTSDの断片化した記憶も、「覚えていないのではなく、つながらない」という問題として理解できると述べている。
情報源: Limited Connections: How Stress Affects Our Brain(ハンブルク大学プレスリリース)