ハイパーサイメシア:自分の人生を丸ごと記憶する脳の実像

自分の人生のほぼすべてを記憶するハイパーサイメシア。この現象が科学的に記述されたのは2006年のことで、研究の歴史はまだ20年に満たない。確認例は世界でごくわずかで、その実態とメカニズムはいまだ明らかではない。

ハイパーサイメシア:自分の人生を丸ごと記憶する脳の実像
Photo by Jisun Han / Unsplash

最初の症例と概念の誕生

2000年代のはじめ、ある女性がカリフォルニア大学アーバイン校の神経生物学者ジェームス・マクゴウ(James McGaugh)に手紙を送った。自分には幼少期以降のほぼすべての日の記憶があると訴える内容だった。マクゴウらはこの女性の調査を始めた。特定の日付を告げ、その日に何があったかを尋ねると、彼女はその日が何曜日だったか、自分が何をしていたか、どんな感情だったかを即座に答えた。新聞の記録や日記などと照合して検証したが、その精度は驚異的なものだったという。

エリザベス・パーカー(Elizabeth Parker)、ラリー・カヒル(Larry Cahill)、マクゴウの3人は5年にわたってこの女性を調査し、2006年に学術誌『Neurocase』に論文「A Case of Unusual Autobiographical Remembering」(「特異な自伝的想起の一症例」)を発表した。被験者は「AJ」と表記されたが、後に本人がジル・プライス(Jill Price)として2008年に出版した回顧録『The Woman Who Can't Forget』のなかで、自分の記憶を「ノンストップで、コントロール不可能で、完全に疲弊させるもの」と表現している。

研究チームはこの現象に「ハイパーサイメシア(hyperthymesia)」と名付けた。ギリシャ語の「過剰(hyper)」と「想起すること(thymesis)」を組み合わせた造語だ。後に「HSAM(Highly Superior Autobiographical Memory)」という呼称も定着し、現在は両方が使われている。いずれも疾患名ではなく、特定の記憶特性を指す呼称だ。

超記憶の実体と、その限界

HSAMの能力は「自伝的記憶」に限定される。自伝的記憶とは、自分自身の経験(いつ、どこで、何をし、何を感じたか)に関する記憶のことだ。HSAM者はこの領域において突出した能力を持つが、それ以外では必ずしも優れているわけではない。プライスは詩の暗記や歴史的日付の丸暗記が苦手だったと述べており、マクゴウのグループによる研究でも、標準的な記憶テストの成績はコントロール群と同等だった。

よく混同されるのが「写真記憶(eidetic memory)」だ。あらゆる情報を写真のように保持するという概念だが、成人での確認例はほとんどなく、科学的な裏付けに乏しい。HSAMはこれとは異なる。大量の情報を記憶術(mnemonics)によって保持する「記憶アスリート」とも異なる。HSAMの想起は意図的な技術ではなく、日付や外部の手がかりによって自動的・不随意的に引き起こされる。日付を見聞きした瞬間、意志とは無関係に記憶が浮かび上がってくる。この不随意性がHSAMの中核的な特徴だ。

希少さも際立っている。プライスの論文発表後、マクゴウのもとには「自分も同じ能力を持つ」と主張する200人以上から連絡があったが、厳密な検証を通過したのは一握りだった。世界中で数百万人がこの現象を知った2011年の時点でも、確認例はわずか22件。その後も増加を続けているが、2020年代に入っても世界で100人未満という水準は変わっていない。

ハイパーサイメシアの脳で何が起きているのか

神経科学的な研究は積み上がってきているが、解明途上だ。サンプル数の根本的な少なさが制約となっており、研究間で結果が一致しない部分も多い。

オーロラ・ルポート(Aurora K. R. LePort)らが2012年に発表した、HSAM者11人を対象にした初のグループ研究では、MRI解析によって複数の脳領域にコントロール群との形態的差異が確認された。自伝的記憶の処理に関わる側頭葉や島皮質などを含む9つの領域に構造的な違いが見られるという。ただし後続の研究では、こうした差異が確認されないケースも報告されており、脳構造とHSAMの関係に一貫した答えは出ていない。

強迫性障害(OCD)的な傾向との相関も報告されている。同研究では、HSAM者の8割以上がOCD的な特性(物を溜め込む、確認行動を繰り返すなど)を示すとされた。日記をつけて読み返す、出来事を頭の中で何度もリプレイするといった反復的な行動が、記憶の強化に寄与している可能性がある。ただし、こうした特性はあくまで傾向であり、日常生活に支障をきたすほどの苦痛を伴う臨床的な強迫性障害とは区別される。HSAM者にとって反復的な行動は、苦痛というよりも記憶の整理として機能している側面もあるとされる。また、そうした傾向のないHSAM者も確認されており、OCD傾向はHSAMの必要条件ではない。

一方で、「完全記憶」というイメージを揺るがす知見もある。偽記憶とは、実際には起きていない出来事を「あった」と確信してしまう記憶のことで、以前の記事でも論じた通り、人間の記憶が本質的に再構成的であることから生じる。ローレンス・パティヒス(Lawrence Patihis)らが2013年に学術誌『PNAS』に発表した研究では、HSAM者もコントロール群と同様に偽記憶を生成することが示された。実際には存在しない映像を「見た」と報告する割合はコントロール群と変わらず、誤情報によって誤った記憶を形成する場面ではHSAM者のほうが高い割合を示した。HSAM者もまた、通常の記憶と同じ「再構成プロセス」によって記憶を取り出しているということだ。

忘却の設計とHSAMという例外

研究が積み上がるほど、HSAMの実像は「完全な記録を持つ存在」から遠ざかっていく。自伝的記憶の想起だけが突出して強く、かつ制御不能で自分の意志では止められない。他の記憶能力は平均的で、偽記憶も生じる。その姿は、むしろ特定の回路だけが通常とは異なる強度で機能しているという印象に近い。

ヴァレリオ・サンタンジェロ(Valerio Santangelo)らが2025年に学術誌『iScience』に発表した研究では、HSAM者も「忘れようとすれば忘れられる」ことが示された。ただし、そのために通常より多くの脳のリソースを必要としていた。HSAM者の脳は情報を受け取った瞬間から通常より強く反応しており、それを打ち消すために余分なコストがかかるという解釈だ。忘れることは誰にとっても能動的な作業だが、HSAM者にとってはその負荷がより大きい。

以前の記事で論じたように、通常の記憶における忘却は受動的な劣化ではなく、脳が行う能動的な編集だ。重要でない情報を間引き、感情的な負荷を和らげ、新しい経験を受け入れる余地を作る。HSAMはその設計の例外として、忘れることが人の認知においていかに本質的な機能を担っているかを、逆側から照らし出している。

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