好き嫌いの感情は脳内でどう変わるのか:東京大学が社会性記憶と感情を結ぶ神経回路をマウス実験で解明

特定の相手への好き嫌いは、記憶を貯蔵する場所と感情中枢のつながりが変化することで切り替わる。東京大学の研究グループが、その仕組みを解明した。

好き嫌いの感情は脳内でどう変わるのか:東京大学が社会性記憶と感情を結ぶ神経回路をマウス実験で解明
Photo by Marta Esteban Fernando / Unsplash

記憶と感情はどう結びついているのか

人は日常のなかでさまざまな相手と出会い、その相手を記憶するとともに、過去の経験に基づいて、その相手を好きだと思ったり嫌いだと思ったりする。相手との経験が積み重なるにつれて、その相手への感情はアップデートされ、関係そのものも変わっていく。これまでの研究から、脳の海馬腹側CA1という領域が、他者についての記憶、すなわち社会性記憶を貯蔵するうえで重要な役割を果たすことは示されてきた。しかし、その相手への感情がどのように更新されるのか、それを担う神経回路の仕組みはよく分かっていなかった。

東京大学定量生命科学研究所の奥山輝大教授、王牧芸特任研究員(研究当時)、同大学大学院医学系研究科の須藤成俊大学院生による研究グループは、特定の相手に対する「嫌い」という感情がどのように形成されるのか、その脳内メカニズムをマウスの実験によって明らかにした。研究成果は日本時間2026年7月10日付のScience誌(オンライン版)に掲載された

嫌いになる過程を実験室で観察する

研究は三つの段階を踏む。まず、好きだった相手を嫌いになる場面を実験室で作り出す。次に、そのとき働いている神経回路を特定する。最後に、その回路に手を加えて、感情そのものを操作する。

好きだった相手を嫌いになる瞬間を観察するには、その変化を実験室で起こさせなければならない。実験には三匹のマウスが登場する。観察される一匹と、その「友達」になる二匹だ。友達はどちらも敵意を持たず、被験マウスは二匹を別々の個体として記憶する。研究グループは、そのうち一匹だけを遺伝学的な手法で攻撃的な個体に変え、もう一匹は穏やかなままにしておいた。攻撃的になった友達と再会した被験マウスは、繰り返し攻撃を受けることになる。その後、被験マウスはその個体を避けるようになった。攻撃してこなかったもう1匹を避けることはない。

記憶から感情への回路をたどる

行動が変わったということは、脳の中で何かが変わったということである。手がかりになったのは、三つの領域だ。海馬腹側CA1は相手についての記憶をたくわえ、扁桃体は感情を、側坐核は行動の選択を担う。この三つが、記憶から感情へ、感情から行動へと、二段の橋でつながっている。

研究グループが、光を当ててこの橋の働きだけを一時的に止めると、マウスは攻撃を受けてもその相手を避けなくなった。相手についての記憶から嫌悪が生まれ、それが行動に移されるまでの道筋が、断たれたのである。

さらに研究グループは、その相手の記憶を担う神経細胞そのものを操作することで、特定の相手に対する感情を人為的に変えられるかを確かめた。嫌いという感情を生み出す神経回路を働かせると、攻撃された経験がなくても、マウスはその相手を避けるようになった。逆にその回路を弱めると、避ける行動は消えた。特定の相手に対する感情を、人為的に作り出すことも、消し去ることもできたということである。

この二段の橋のうち、前半の「記憶から感情への橋」は特定の相手を嫌いになることだけを担う。しかし後半の「感情から行動への橋」は、その相手を避けるだけでなく、「他者全般を避ける(社会的回避)」行動にも関わっていることが、今回の研究で明らかになった。こうした仕組みの破綻が関与すると考えられる人間の精神・神経疾患について、その解明の手がかりになることが期待される。

記憶と感情は脳の中で別々に働く

相手についての社会性記憶そのものは、変わらずに保たれている。変わるのは、その記憶を感情や行動へとつないでいく道筋の方だ。攻撃という経験を境に、同じ相手についての同じ記憶が、今度は嫌悪と結びつけて呼び出されるようになる。

相手が誰かという記憶は、書き換わらない。書き換わるのは、その記憶とともに湧いてくる感情の方だ。記憶と、記憶への感じ方。この二つは、脳の中で別の層として扱われている。

情報源: 脳は友達への好き嫌いをどうアップデートさせるのか? ――社会性記憶と感情を柔軟に結びつける神経回路の解明―― | 東京大学 定量生命科学研究所

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