1万年保つガラスの記憶媒体。Microsoft「Project Silica」が目指す不変の記録

マイクロソフト リサーチが開発する、ガラス製アーカイブストレージの実現を目指す「Project Silica」が、科学誌Natureに論文を発表した。加速劣化試験による推定で1万年以上のデータ保存寿命を実証したこの技術は、記録媒体の歴史における新たな転換点を示している。

1万年保つガラスの記憶媒体。Microsoft「Project Silica」が目指す不変の記録
Image: Generated by Whisk

ガラスの中に眠るデータ

厚さ2ミリ、一辺12センチの正方形のガラス片。その内部には、フェムト秒レーザー(1フェムト秒は1000兆分の1秒)によってナノスケールの構造が刻まれている。今回の論文では、高純度な石英ガラスの内部に301層にわたる書き込みを行い、1枚のガラスに4.8テラバイト(紙の本に換算して約200万冊分)のデータを収めることに成功した。

マイクロソフト リサーチ(英・ケンブリッジ)が2017年から進めてきた「Project Silica」は、2026年2月18日、研究フェーズの集大成となる論文をNatureに発表した。プロジェクトを率いるリチャード・ブラック(Richard Black)らの研究チームが示したのは、単なる大容量ストレージの実現ではない。磁気テープやハードディスクが前提としてきた、劣化するたびに新しい媒体へ移し替えるという記録のあり方に、別の道を示すものだ。

デジタルデータの書き込みには、超短パルスのフェムト秒レーザーを用いる。レーザーが照射された点では「プラズマ誘起ナノ爆発」と呼ばれる現象が起き、ガラス内部の微細な構造が変形する。この変形がデータとして記録される。読み出しには顕微鏡を使い、光がガラスを通過する際の変化をAIが解析して元のデータを復元する。書き込みから読み出し、復元まですべての工程が自動化されており、完全なシステムとして機能することが実証された点が今回の論文の核心だ。

「億年」から「1万年」へ、実用という選択

ガラスへのレーザー記録という技術の系譜は、Project Silicaが最初ではない。英・サウサンプトン大学のピーター・カザンスキー(Peter Kazansky)らが開発した「5次元光学ストレージ」は、石英ガラス(溶融シリカ)に偏光と強度を加えた5次元でデータを記録する技術として知られ、理論上の寿命は億年単位とされる。当メディアの記事「記憶媒体の変遷史:洞窟壁画から半導体まで、忘却に抗う3万年の軌跡」でも、コールドデータ保存の究極の形として紹介した技術だ。

Project Silicaはその後継的な文脈に位置するが、今回の論文で示した方向性は対照的である。前述の石英ガラスでは301層・4.8テラバイトを実証した一方で、安価で一般的な耐熱ガラスであるホウケイ酸ガラスでの実証(258層、2.02テラバイト)も同時に行ったのだ。寿命の目標は億年から1万年超へ。そして記録方式は、5次元(空間3次元+光の偏光・強度)から、偏光の制御を省いた4次元(空間3次元+光の位相)へと変更された。

これらは「後退」ではなく、実用化を見据えた合理的な選択である。石英ガラスは製造が難しく調達コストも高いが、ホウケイ酸ガラスは安定的に調達できる。また、偏光パラメータを省いて位相(屈折率)の変化のみで記録する「位相ボクセル」を採用したことで、1つのレーザーパルスだけで高速に書き込めるようになり、書き込み・読み出しの装置も大幅に簡素化された。4次元への変更についてブラックは、直感に反するものの4次元の方が優れていたと述べており、エネルギー効率と記録密度の最適化の結果だという。1万年という寿命は、加速劣化試験(290℃での熱処理)の結果を室温に換算した推定値であり、室温環境ではさらに長くなると見込まれている。

上書きできない記録という設計

Project Silicaの設計において特筆すべきは、immutable(不変)という概念が技術の根幹に組み込まれている点である。

ガラスに刻まれたデータは、物理的に書き換えができない。読み出しに使う顕微鏡の光量は、ガラス内部の構造を変形させるには不十分であり、読む行為が記録を変質させない。

現在の主流な記録媒体(磁気テープやハードディスク)は、劣化する。5年から10年周期で新しいメディアへの「移行」が必要であり、その過程でデータが失われるリスクが生じる。また上書きが可能であるがゆえに、意図的であれ偶発的であれ、記録の改ざんが起きうる。Project Silicaはこの構造そのものを否定する。一度書かれたものは変わらない。

変質しない記録と、変質し続ける記憶

記憶は変わる。人が何かを思い出すたびに、記憶は微細に書き換えられる。感情が加わり、文脈が変わり、時間が経つにつれて、最初の体験とは異なるものになっていく。それが記憶の本質であり、人間の認知の根幹でもある。

記録はそれとは異なる原理で存在する。少なくとも、そうあろうとする。ガラスに刻まれたデータが「不変」であることは、記録の理想形をひとつの極限まで推し進めたものだと言えるかもしれない。変質しない。劣化しない。上書きされない。ガラスの中の情報は、書かれた瞬間のまま、1万年後も同じ状態で存在し続けることを目指している。

ただし、これは同時に問いでもある。記録が変わらないとき、それを読む側の文脈は変わり続ける。1万年後にガラスのデータを読む者が現れたとして、そのデータは何を意味するのか。解読できるのか。Project Silicaの論文はこの問いには答えない。しかし記録を残すという行為が、常に「未来の読者」を想定した賭けであることを、このプロジェクトは改めて意識させる。


本記事は、Natureに掲載された論文、およびプロジェクトリーダーのリチャード・ブラックによるMicrosoft Research公式ブログ(2026年2月18日)を主に参照している。

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