ドーパミン不足がアルツハイマー病の記憶障害を引き起こす:東北大などが従来とは異なるメカニズムを発見
複数の出来事を結びつけて覚える記憶は、ドーパミンという物質なしには作られない。東北大学などの研究グループは、アルツハイマー病ではこのドーパミンの働きが早期から損なわれることを示した。
記憶の形成を支えるドーパミン
東北大学の五十嵐啓国際卓越教授・中川達貴助教とカリフォルニア大学アーバイン校の国際共同研究チームは、アルツハイマー病のモデルマウスの嗅内皮質においてドーパミン量が著しく低下し、連合記憶が形成されなくなることを発見した。光遺伝学的な神経線維の再活性化や、パーキンソン病治療薬レボドパの投与によって記憶が回復することも示された。論文は2026年4月23日付でNature Neuroscienceに掲載された。
ドーパミンは「快楽」や「やる気」に関わる物質として知られているが、記憶の形成という点でも極めて重要な役割を担っている。匂いを嗅いだとき、それが以前経験した場所や出来事と結びつく。こうした、複数の情報を関連づけて保持する記憶を「連合記憶」という。この連合記憶は、海馬へのゲートウェイである外側嗅内皮質で形成される。五十嵐教授らは2021年、ドーパミンがこの領域における連合記憶の形成に必須であることをNature誌で報告していた。脳幹のドーパミン産生領域から嗅内皮質へとドーパミンが放出されることで、匂いと出来事の結びつきが脳に刻まれる。今回の研究では、アルツハイマー病においてこの嗅内皮質のドーパミン細胞がどう変化するかを調べた。
ドーパミンが不足すると記憶は作られない
研究チームは、アルツハイマー病の病態を再現したマウスを用いた。このマウスの嗅内皮質では、ドーパミン量が正常値の5分の1以下にまで低下しており、本来であれば学習されるべき刺激に対してニューロンが適切に応答しなくなっていた。
実験では2種類の匂いを用意し、マウスが片方を嗅いだ場合は砂糖水が、もう片方を嗅いだ場合は苦い水が与えられるよう設定した。健康なマウスは1時間ほどで2つの匂いを区別できるようになる。しかしアルツハイマー病のモデルマウスは、2つの匂いを区別して覚えることができなかった。体験は繰り返されているのに、それが記憶として定着しない。
一方で、マウスが以前から学習して知っている匂いについては、アルツハイマー病であっても完全に記憶が保たれており、正しく思い出すことが確認された。つまりドーパミンの不足は、過去の記憶を引き出す能力を奪うのではなく、新しい記憶を作る働きのみを妨げていたのである。
光によって神経の働きを制御する技術を使い、嗅内皮質へのドーパミン神経を再び活性化したところ、連合記憶の形成が回復した。さらにパーキンソン病の治療薬として広く使われているレボドパを投与した場合にも、神経活動の正常化と記憶行動の回復が確認された。

「記と憶」の視点:新しい記憶は作られないが、過去の記憶は残る
アルツハイマー病と聞くと、過去の記憶を徐々に失っていく「忘却」の病というイメージが先行するかもしれない。しかしこの研究の実験では、マウスは「新しい匂い」を記憶できなくなっていた一方で、「以前から知っている匂い」の記憶は完全に保ったまま、正しく思い出すことができていた。
ここに示されているのは、すでにあった記憶がすぐに消えていくのではなく、少なくともこの初期の段階において、過去の豊かな記憶は損なわれずに保たれているという事実である。
アルツハイマー病のモデルマウスは、匂いを嗅ぎ、砂糖水や苦い水を受け取る。体験としての出来事は確かに起きているが、嗅内皮質のドーパミンが不足していると、その新しい体験は別の情報と関連づけられず、記憶として定着しない。
だが、それは過去の記憶までが即座に失われることを意味しない。新しい出来事が記憶になりにくくても、これまで蓄積してきた記憶が損なわれずに存在し続けているという事実は、アルツハイマー病という病のメカニズムと記憶の喪失プロセスに一つの新たな視座を与えている。