不快と感じない震災映像でも自律神経は反応する:東北大などが「自覚なき身体的記憶」を心拍変動解析で可視化

東北大学・岩手大学の研究グループは、震災映像の視聴中に身体が静止し、終了後には交感神経が急激に活性化することを心拍変動解析で示した。本人が自覚しない状態でも、身体は反応していた。

不快と感じない震災映像でも自律神経は反応する:東北大などが「自覚なき身体的記憶」を心拍変動解析で可視化
Photo by Joshua Chehov / Unsplash

記憶には、意識に上らないものがある

人が何かを「覚えている」とき、そこには必ず自覚がともなうとは限らない。心理学では、意識的な想起を必要としない記憶を「潜在記憶」と呼ぶ。過去に習得したスキルが体に染みついているような場合がその典型だが、感情や生理的反応もまた、意識に上ることなく過去の体験を再現することがある。

東北大学大学院医学系研究科の小野千晶研究員、富田博秋教授、および岩手大学人文社会科学部の内田知宏准教授らの研究グループは、こうした記憶がメディア映像への反応としても表れることを、心拍変動(HRV)の計測によって示した。本成果は2026年5月11日、Frontiers in Psychiatry誌に発表された

凍りつき、そして反動

研究の対象は、東日本大震災で強い揺れを経験したものの、津波による直接の被害は受けていない健康な成人36名だ。参加者には、自然風景・地震・津波・震災直後の公共広告という4種類の映像を視聴してもらい、視聴の前・中・後にわたって心拍数と心拍変動(HRV)を継続的に計測した。心拍変動とは、拍動と拍動の間隔のゆらぎのことで、自律神経の状態を反映する客観的な指標として広く用いられている。

震災関連映像を視聴している間、参加者の心拍数と自律神経活動はいずれも、中立的な自然風景映像と比べて有意に低下した。これは、動物が脅威に直面したとき瞬間的に体の動きを止める「凍りつき」に近い状態と解釈される。

ところが映像が終わると、反応は逆転した。心拍数が増加し、交感神経の活性化を示す指標も上昇する。視聴中の抑制から、終了後の活性化へ。このような時間差を伴う二段階のパターンが、今回初めて客観的な計測によって確認された。

震災関連映像の視聴中と視聴後の自律神経の変化(東北大学プレスリリースより) 映像視聴中には心拍数と自律神経活動が抑制される「凍りつき(フリーズ)」が生じ、視聴終了直後には一転して交感神経が亢進する「能動的防御反応」が起こる。

自覚されない反応

本研究でとりわけ注目されるのは、震災直後に繰り返し放送された公共広告への反応だ。

公共広告は、地震や津波の映像のように直接的な災害のシーンを含まない。にもかかわらず、自律神経の反応は震災映像と同様のパターンを示した。さらに、参加者が自己申告する主観的な不快感には有意な変化がみられなかった。つまり「特に不快とは感じていない」と本人が認識している状態で、身体は反応していた。

研究グループはこれを「自覚なき身体的記憶」と表現している。震災当時に繰り返し視聴した映像が条件づけとして形成され、意識の関与なしに自律神経反応を引き起こしている可能性を示唆するものだ。

「記と憶」の視点:「自覚なき身体的記憶」が示すもの

記憶には、意識的に取り出せるものとそうでないものがある。「昨日の昼食に何を食べたか」を思い出すような記憶は前者だが、自転車の乗り方や楽器の指使いのように、言葉にしなくても体が動くような記憶は後者に当たる。この種の記憶は「手続き記憶」とも呼ばれ、意識的な想起なしに行動や反応として表れる。

今回の研究が示したのは、こうした無意識の記憶が強い感情を伴う体験にも成立しうるということだ。身体は過去に繰り返し視聴した映像を手がかりとして自律的に反応したが、参加者はその反応を自覚していなかった。

「覚えている」という感覚を持たないまま、身体だけが反応し続ける。それは記憶の欠落ではなく、記憶が別の場所に保存されているということかもしれない。どこに、何が、どのように記録されているのか。今回の研究はその一端を、心拍と自律神経活動の計測を通じて照らし出した。

情報源: 震災映像が「時間差」で引き起こす自律神経の凍りつき... | プレスリリース・研究成果 | 東北大学

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