撮ったことすら忘れるスクショは、AIで外部記憶になりつつある
スクショを撮っても、人は撮ったことさえ覚えていない。だがAIが中身を読み取り、尋ねれば探し出す仕組みが広がり、スクショは自分の外部記憶として働き始めている。
スクショの「デジタル健忘」
2026年8月、「デジタル健忘:スクリーンショットの余波(Digital amnesia: The aftermath of a screenshot)」と題した論文が、学術誌『Memory & Cognition』に掲載された。ニューヨーク州立大学ビンガムトン校で、写真を撮ることと記憶の関係を調べてきたディアン・ウェスターマン(Deanne L. Westerman)の研究室によるもので、第一著者はソフィア・ファブリツィオ(Sophia P. Fabrizio)だ。論文は、スクリーンショット(以下、スクショ)を撮ることが、撮ったものの記憶にどう影響するのかを調べている。
実験では、参加者の大学生が自分のスマートフォンで美術作品の画像を見る。作品ごとに「見る」か「スクショを撮る」かの指示が出て、見るだけの作品と、見たうえでスクショも撮る作品がある。そのあと、よく似た作品の中から実際に見たものを選んでもらうなどして、どれだけ覚えているかを確かめる。研究チームは、撮ったかどうかもあわせて尋ねる、記憶のテストがあることを前もって伝える、スクショを見返せると伝える、といった形で手順を変えながら、こうした実験を7つ行った。
分かったことは主に3つある。まず、7つの実験のすべてで、スクショを撮った作品のほうが、ただ見た作品より記憶に残りにくかった。次に、撮ったかどうかを尋ねると、参加者は自分で撮った作品の半分近くを「見ただけ」と答えた。中身だけでなく、撮ったことも覚えていなかったことになる。そして、記憶のテストがあると前もって伝えた場合も、テストの前にスクショを見返せると伝えた場合も、撮った作品のほうが記憶に残りにくかった。
ただ、そもそも私たちは、覚えるためにスクショを撮っているのだろうか。乗り換えの経路、手続きの完了画面、メッセージのやりとり。スクショで残すのは主に文字の情報で、覚えずに済ませ、必要になったら見返すために撮っている。そしていまでは、撮ったスクショをAIが読み取り、言葉で尋ねれば探し出してくれる。だとすれば、中身どころか、撮ったことさえ、もはや覚えておく必要はないのではないか。
外部記憶には手がかりが要る
これまでの外部記憶では、中身は覚えなくても、どこを見ればよいかは自分で覚えておく必要があった。よく知られた「Google効果」は、インターネットで検索すればすぐ見つかると思っている情報は覚えにくくなる、という現象を指す。もとになったコロンビア大学のベッツィ・スパロー(Betsy Sparrow)らによる2011年の研究は、人は情報そのものを覚えていなくても、どこを見ればそれにたどり着けるかはよく覚えている、とも報告している。中身は外に置き、手がかりだけを自分で持つ。こうした分担は、エヴァン・リスコ(Evan Risko)とサム・ギルバート(Sam Gilbert)が2016年に整理した「認知的オフロード(cognitive offloading)」という考え方で説明されるようになった。
スクショも、覚えずに済ませるために撮る点では同じだ。同じ研究室が以前に行った調査でも、スクショを撮る目的として最も多かった答えは「覚えずに済ませるため」だった。それなら、中身は覚えていなくても、撮ったことは覚えていてよさそうなものだ。ところが、冒頭で紹介した実験では、参加者は撮った作品の半分近くについて、撮ったこと自体を覚えていなかった。撮っただけのスクショは、手がかりさえ本人の記憶に残しにくい。記録は確かにあるが、記憶とはつながっていない。
AIが手がかりを肩代わりする
しかしいまは、撮った本人が手がかりを覚えていなくても、目当てのスクショにたどり着けるようになりつつある。スクショに写った文字や画像を読み取って探す仕組みが、スマートフォンやパソコンなどのデバイスに備わってきたからだ。
iPhoneの「写真」アプリでは、写真の中の文字や、「犬の寝顔」のような説明で写真を探せる。Googleのスマートフォン、Pixel向けの「Pixel スクリーンショット」は、スクショの中身をAIで読み取って要約し、自動で分類する。「Googleフォト」でも、言葉で質問して写真を探せる。パソコンでは、画面を定期的に記録し、あとから文字やあいまいな言葉で検索できるWindowsの「リコール(Recall)」がある。こうした機能は、日本語にも対応しつつある。
こうした仕組みを使えば、撮ったことを忘れていても、必要なときに言葉で尋ねれば探し出せる。本人の記憶に残らなかった手がかりを、AIが代わりに持つ形だ。中身も、撮ったことも、どこに保存したかも覚えておかなくていい。Google効果と同じことが、自分のカメラロールの中にも当てはまるようになる。本人が覚えていなくても必要なときに取り出せる記録という意味で、スクショは外部記憶として働き始めている。
覚えておきたいなら、撮るだけでは足りない
ただ、なかには外部記憶に任せるのではなく、自分で覚えておきたいものもある。例えば、講義の内容や、仕事で身につけたい手順などだ。そうしたものを撮っておくことは、覚える助けになるのだろうか。
シンガポール国立大学のサラ・ウォン(Sarah S. H. Wong)らが2023年に発表した研究では、参加者を「手書きでメモを取る」「画面に映ったスライドをスマートフォンのカメラで撮影する」「何もしない」の3つのグループに分け、録画された講義を見てもらった。そのあとで、内容をどれだけ覚えているかを比べた。撮った人も何もしなかった人も、テストの前にはスライドの全文を見返すことができた。メモを取った人が見返せたのは、自分のメモだけだった。それでも、成績がよかったのはメモを取った人で、スライドを撮った人は何もしなかった人と変わらなかった。メモを取った人は講義中に注意がよそへそれることが少なく、それが成績の差につながっていた。しかも参加者自身は、3つの方法の効果を同じくらいだと考えていた。
スクショで撮る場合も、事情は同じだろう。ファブリツィオらの実験でも、撮った作品のほうが、ただ見た作品より記憶に残りにくかった。スクショが手元にあることと、その中身を自分で覚えていることは別だ。
何を自分で覚え、何を外部記憶に任せるか
ファブリツィオらの論文は、「その情報が大事なら、カメラロールのどこかに埋もれた正確なコピーを持っておくのと、すぐに思い出せる形で自分の記憶に残すのと、どちらがよいかを考える必要がある」という一文で締めくくられている。この一文は、カメラロールにたまった大量の写真から目当てのスクショを探し出すのは難しいが、自分の記憶ならすぐに思い出せる、という前提に立っている。
しかしAIが探してくれるなら、どこにあるかを覚えていなくても、目当てのスクショをすぐに取り出せる。そうなると、決め手は取り出しやすさではなく、必要なときにスクショを見ればすむかどうかになる。乗り換えの経路のように、見ればすむ情報なら、スクショを残してAIに探させればよい。撮ったことを忘れても困らない。一方、テストではスクショを見られないので、講義の内容は覚えておかなければならない。仕事の手順も、いちいち手順書を見ていては仕事にならないので、身につけておく必要がある。そうしたものは、撮って安心するより、メモを取るなどして向き合うほうが記憶に残る。
スクショは、記録を残すだけでなく、必要なときに探し出すところまで担う外部記憶になりつつある。そのぶん、何を自分で覚えておくかは、撮る前に自分で決めることになる。